📚 近代日本史 社会科見学

十五大財閥

明治・大正・昭和を動かした15の巨大企業グループ

財閥(ざいばつ)って何?
ひとつの家族や創業者が、銀行・工場・商社などたくさんの会社を丸ごと支配していた巨大企業グループのこと。 明治〜昭和初期の日本経済は、実質的にこれらの財閥が支えていた。

なぜ解体されたの?
第二次世界大戦後、日本を占領したGHQ(アメリカ軍)が「財閥は戦争を支えた」として解散を命じた(1945〜1947年)。 現在のトヨタ・日立・野村証券など多くの大企業がこの財閥の流れを汲んでいる。

🏛 四大財閥とは?

三井・三菱・住友・安田の4つは特に規模が大きく「四大財閥」と呼ばれた。江戸時代からの歴史を持つものも多い。

⚡ 新興財閥とは?

鮎川・中島・理研・日曹・日窒は明治〜昭和に急成長した「新興財閥」。軍需・化学・航空などハイテク分野が多い。

🏭 解体後どうなった?

持株会社は解散したが企業は生き残った。三菱重工・日産・SUBARU・チッソ・野村証券など今も続く会社が多い。

⭐ 四大財閥(最大規模・江戸時代から続く老舗)
四大財閥
01
三井財閥
三井高利三井みつい高利たかとし
銀行商社重工業
日本最古の財閥。越後屋(三越)から始まり、三井銀行・三井物産・東芝などを傘下に。
→ 今の三井住友銀行・三越伊勢丹
四大財閥
02
三菱財閥
岩崎弥太郎岩崎いわさき弥太郎やたろう
海運造船重工業
土佐の海運業から出発。三菱重工(零戦製造)・三菱銀行・キリンビールなど多角展開。
→ 今の三菱UFJ銀行・三菱商事
四大財閥
03
住友財閥
👤 住友すみとも政友まさとも
銅山銀行電機
別子銅山(愛媛)の銅精錬がルーツ。「浮利を追わず」の堅実経営が信条。
→ 今の三井住友銀行・NEC
四大財閥
04
安田財閥
安田善次郎安田やすだ善次郎ぜんじろう
銀行保険金融
四大財閥で唯一「金融専門」。50以上の銀行・保険会社を傘下に。創業者は暗殺された。
→ 今のみずほ銀行
📋 GHQ指定 残り11財閥(新興・専門型が多い)
05
古河財閥
古河市兵衛古河ふるかわ市兵衛いちべえ
鉱業電機
足尾銅山が基盤。日本初の公害・足尾鉱毒事件の財閥。
→ 富士通・古河電工
06
浅野財閥
浅野総一郎浅野あさの総一郎そういちろう
セメント造船
「セメント王」。鶴見埋立で京浜工業地帯を作った。
→ 太平洋セメント
07
大倉財閥
大倉喜八郎大倉おおくら喜八郎きはちろう
建設ホテル
軍需貿易・建設で急成長。91歳まで現役!
→ 大成建設・ホテルオークラ
08
川崎財閥
川崎正蔵川崎かわさき正蔵しょうぞう
造船航空
造船から鉄道車両・戦闘機「飛燕」まで製造。
→ 川崎重工業
09
鮎川財閥
鮎川義介鮎川あいかわ義介よしすけ
自動車電機
日産コンツェルン。株式公開型の新興財閥スタイル。
→ 日産自動車・日立製作所
10
中島財閥
中島知久平中島なかじま知久平ちくへい
航空機軍需
戦時中は日本最大の航空機メーカー。「隼」「疾風」量産。
→ SUBARU(富士重工)
11
野村財閥
野村徳七野村のむら徳七とくしち
証券銀行
大阪発の金融特化型財閥。日本の証券市場を作った。
→ 野村証券(現存)
12
渋沢財閥
渋沢栄一渋沢しぶさわ栄一えいいち
銀行産業全般
新1万円札の人。生涯500社以上の設立に関与した「日本資本主義の父」。
→ みずほ銀行(一部)
13
日曹コンツェルン
中野友禮中野なかの友禮ともゆき
化学ソーダ
日本曹達(ソーダ)が中核の化学系新興財閥。農薬・医薬品で急成長。
→ 日本曹達(現存)
14
理研財閥
大河内正敏大河内おおこうち正敏まさとし
科学化学
理化学研究所の発明を商業化した科学系財閥。ビタミンB₁を大量生産!
→ 理研ビタミン・リコー
15
日窒コンツェルン
野口遵野口のぐちしたがう
化学電力
朝鮮半島にアジア最大の工業地帯を建設。戦後はチッソとして水俣病問題の当事者に。
→ チッソ
🔍 各財閥の詳細
三井高利の肖像
01 ── 四大財閥
三井財閥
👤 創業者:三井みつい 高利たかとし(1622〜1694)
銀行商社重工業流通
🏪 どんな財閥?
江戸時代に越後屋(えちごや)という呉服屋(現在の三越)を開いた三井高利が創業。「現金掛け値なし(定価販売)」という当時革命的な商法でヒット。両替商(銀行の原型)にも進出し、幕府の御用達商人となった。
📈 明治以降の発展
三井銀行・三井物産を設立。東芝・王子製紙・三越なども三井グループ。最盛期には日本経済の約20〜30%を三井だけで支えていたとも言われる。
📌 今はどうなっている?
三井グループ各社は「二木会(にもくかい)」という親睦会で今も緩やかに連携。三井住友銀行・三井物産・三越伊勢丹などが代表的な現存企業。
代表的な旧企業
三井銀行、三井物産、東芝、三越、王子製紙
現在の主な系譜企業
三井住友銀行、三井物産、三越伊勢丹
創業
1673年(越後屋開業)
本拠地
東京(日本橋・三井本館)
🏛️ 今も残る関連施設
三越本店(日本橋・1935年建設)と三井本館(日本橋・1929年竣工・重要文化財)は三井財閥ゆかりの建物として現在も現役。三井本館は古典主義様式の美しい外観で、今も三井住友銀行などが入居している。
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岩崎弥太郎の肖像
02 ── 四大財閥
三菱財閥
👤 創業者:岩崎いわさき 弥太郎やたろう(1835〜1885)
海運造船金融重工業
⛵ どんな財閥?
土佐(高知)出身の岩崎弥太郎が海運業「三菱商会」を1870年代に創業。政府支援で西南戦争の軍需物資輸送を担い急成長。スリーダイヤの紋章は岩崎家の家紋に由来する。
📈 明治以降の発展
海運→造船→重工業→金融→不動産と多角化。三菱重工業(零戦・戦艦武蔵を建造)・三菱銀行・三菱商事・三菱電機・キリンビールなど。東京・丸の内の土地をほぼ全部所有し「丸の内の大家」と呼ばれた。
📌 今はどうなっている?
財閥解体後も「金曜会」を通じて日本で最も強固なグループ結束を維持。三菱UFJ銀行・三菱商事・三菱重工業はいずれも業界トップクラス。
代表的な旧企業
三菱銀行、三菱重工、三菱商事、三菱電機
現在の主な系譜企業
三菱UFJ銀行、三菱商事、三菱重工業
創業
1870年(三菱商会設立)
本拠地
東京・丸の内
🏛️ 今も残る関連施設
旧岩崎邸庭園(東京・台東区・1896年建設・重要文化財)は創業者一族の旧邸宅で、現在は国指定名勝として一般公開中。また三菱一号館美術館(丸の内・1894年竣工の赤レンガ館を2010年に復元)も三菱ゆかりの建物として人気の美術館になっている。
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03 ── 四大財閥
住友財閥
👤 創業者:住友すみとも 政友まさとも(1585〜1652)
銅山金融化学電機
⛏️ どんな財閥?
江戸初期、京都の薬商・住友政友が銅の精錬技術を習得。愛媛県の別子銅山を1691年に開山し、約280年にわたり日本の銅生産を支えた。
📈 明治以降の発展
住友銀行・住友金属・住友化学・NEC(日本電気)などを設立。「浮利を追わず(目先の利益を追うな)」という家訓のもと堅実経営を維持。西日本を代表する最大の財閥。
📌 今はどうなっている?
株式持ち合いなどで高い結束を今も維持。三井住友銀行・住友商事・NEC・住友電工などが活躍中。
代表的な旧企業
住友銀行、住友金属、NEC、住友化学
現在の主な系譜企業
三井住友銀行、住友商事、NEC
創業
1590年代(銅精錬事業開始)
本拠地
大阪
🏛️ 今も残る関連施設
マイントピア別子(愛媛県新居浜市)は、住友の礎を築いた別子銅山の跡地を活用した観光施設。江戸時代の坑道を再現した観光坑道や温泉が楽しめ、銅山の歴史を体感できる。
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安田善次郎の肖像
04 ── 四大財閥
安田財閥
👤 創業者:安田やすだ 善次郎ぜんじろう(1838〜1921)
銀行保険不動産
🏦 どんな財閥?
富山出身の安田善次郎が江戸で両替商を創業。明治維新の混乱期に政府紙幣・旧藩札の交換で大儲けし安田銀行(1880年)を設立。四大財閥の中で最も「金融に特化」した財閥で、50以上の銀行・保険・信託会社を傘下に持った。
🗡️ 創業者が暗殺!
1921年、別荘を訪ねてきた朝日平吾という人物に刺されて死亡。「金持ちなのに社会に還元しない」という理由とされた。皮肉なことに、善次郎は東京大学・安田講堂の建設費用を寄付していた(建設完了は暗殺後)。
📌 今はどうなっている?
安田銀行 → 富士銀行 → みずほ銀行。安田火災海上は損害保険ジャパンへ。
代表的な旧企業
安田銀行、安田生命、安田火災海上
現在の主な系譜企業
みずほ銀行、損害保険ジャパン
創業
1864年(安田屋両替店)
本拠地
東京
🏛️ 今も残る関連施設
東京大学安田講堂(文京区・1925年建設・重要文化財)は安田善次郎が建設費を寄付して建てられた。善次郎は暗殺された後に完成したが、東大のシンボルとして今も現役で使われている。
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古河市兵衛の肖像
05
古河財閥
👤 創業者:古河ふるかわ 市兵衛いちべえ(1832〜1903)
鉱業電機化学
⛏️ どんな財閥?
京都出身の古河市兵衛が栃木県の足尾銅山を買収し、近代的採掘法で日本最大の銅山に育て上げた。収益を電機・化学に投資して大財閥を形成。傘下の富士電機からは後に富士通が独立した。
⚠️ 日本初の公害事件(教科書必出!)
足尾銅山の廃水が渡良瀬川に流れ込み農地が汚染。これが「足尾鉱毒事件」(1890年代〜)で、衆議院議員・田中正造が命がけで国会に訴えた日本初の公害問題として必ず教科書に登場する。
代表的な旧企業
古河電気工業、富士電機、足尾銅山
現在の主な系譜企業
古河電工、富士電機、富士通
創業
1875年(足尾銅山取得)
本拠地
東京
🏛️ 今も残る関連施設
旧古河庭園(東京・北区・国指定名勝)は古河財閥3代目・古河虎之助の旧邸宅。明治の洋館と日本庭園が融合した美しい庭園で、現在は都立公園として一般公開されている。
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浅野総一郎の肖像
06
浅野財閥
👤 創業者:浅野あさの 総一郎そういちろう(1848〜1930)
セメント造船不動産
🏗️ どんな財閥?
富山出身の浅野総一郎が渋沢栄一の支援を受け品川セメント工場を取得。「セメント王」として造船・不動産・海運へ拡大した。
🌊 京浜工業地帯を「作った」人
横浜・鶴見の海面を埋め立てて工業用地を作る「鶴見埋立事業」を実施。現在の京浜工業地帯(川崎〜横浜の工場地帯)の骨格がこれによって形成された。
代表的な旧企業
浅野セメント、浅野造船所、東洋汽船
現在の主な系譜企業
太平洋セメント、JFEスチール
創業
1883年(品川セメント工場取得)
本拠地
東京・横浜
🏛️ 今も残る関連施設
浅野の鶴見埋立事業が生み出した京浜工業地帯(川崎〜横浜の埋立工業地帯)は、今も日本最大級の工業集積地として現役。鶴見区・川崎区の海沿いに広がる工場群がその遺産だ。
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大倉喜八郎の肖像
07
大倉財閥
👤 創業者:大倉おおくら 喜八郎きはちろう(1837〜1928)
貿易建設ホテル鉱業
🏨 どんな財閥?
新潟出身の大倉喜八郎が幕末に鉄砲商として進出。明治以降は戦争の軍需物資を一手に引き受ける「政商(政府と密接な商人)」として急成長。大倉集古館(現存する日本最古の私立美術館)を設立した文化人の一面も。
👴 91歳まで現役!
当時としては驚異的な長寿で91歳まで経営者として活躍。帝国ホテルの設立に関与し、ホテルオークラは大倉の名を今に伝える。大成建設(大倉組商会が前身)も有名。
代表的な旧企業
大倉組商会、帝国ホテル、日本製鋼所
現在の主な系譜企業
大成建設、ホテルオークラ
創業
1873年(大倉組商会設立)
本拠地
東京
🏛️ 今も残る関連施設
大倉集古館(東京・港区虎ノ門・1917年開館)は大倉喜八郎が設立した日本最古の私立美術館。現在も東洋美術・工芸品を収蔵・展示している。隣接するホテルオークラ東京も大倉財閥の名を今に伝える名門ホテルだ。
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川崎正蔵の肖像
08
川崎財閥
👤 創業者:川崎かわさき 正蔵しょうぞう(1836〜1912)
造船鉄道車両航空機
⚓ どんな財閥?
鹿児島出身の川崎正蔵が1878年に造船所を設立(のち神戸へ)。軍艦・商船の製造で国内最大級の造船所に。重工業系財閥として造船→鉄道車両→航空機へと展開した。
🚄 新幹線もバイクも川崎!
戦時中は戦闘機「飛燕(ひえん)」を製造。解体後の川崎重工業は現在も新幹線車両・KAWASAKIバイク・航空宇宙部品を製造する世界的メーカーとして活躍中。
代表的な旧企業
川崎造船所、川崎航空機、川崎銀行
現在の主な系譜企業
川崎重工業
創業
1878年(川崎造船所設立)
本拠地
神戸
🏛️ 今も残る関連施設
川崎重工業 神戸工場(神戸市・兵庫区)は創業の地として今も稼働中。新幹線車両・潜水艦・航空宇宙部品を製造する世界的工場だ。神戸港に隣接する川崎重工業 神戸造船所も明治以来の歴史を持つ。
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鮎川義介の肖像
09 ── 新興財閥
鮎川財閥(日産コンツェルン)
👤 創業者:鮎川あいかわ 義介よしすけ(1880〜1967)
自動車電機化学
🚗 どんな財閥?
山口出身の鮎川義介が1928年に日本産業(日産)を設立。従来の財閥と違い株式を一般に公開する「新しい形の財閥」スタイルで急成長。日産自動車・日立製作所など現在も続く大企業を傘下に持った。
🌏 満州への大移転
1937年、日産コンツェルンごと満州(現・中国東北部)に移転し満州重工業開発を設立。大陸開発に国家規模で乗り出したが、終戦ですべてを失った。
代表的な旧企業
日産自動車、日立製作所、日産化学
現在の主な系譜企業
日産自動車、日立製作所
創業
1928年(日本産業設立)
本拠地
東京・大阪
🏛️ 今も残る関連施設
日産グローバル本社ギャラリー(横浜・みなとみらい)では日産自動車の歴史と最新モデルを無料で展示。鮎川財閥が生んだ日産自動車の足跡を体感できる施設として人気だ。
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中島知久平の肖像
10 ── 新興財閥
中島財閥
👤 創業者:中島なかじま 知久平ちくへい(1884〜1949)
航空機エンジン軍需
✈️ どんな財閥?
群馬出身の海軍将校・中島知久平が1917年に飛行機研究所を設立。日本で初めて本格的な航空機メーカーを立ち上げた人物。
⚡ 戦時中は日本最大の航空機メーカー
隼(はやぶさ)」「疾風(はやて)」など有名な戦闘機のエンジンを大量生産。最盛期の生産台数はアメリカに匹敵するほどだったが、B-29の爆撃で壊滅した。
📌 なぜ群馬がSUBARUの聖地なの?
中島飛行機が解散し、旧工場・技術者が富士重工業(現・SUBARU)に転身。だから群馬県太田市にSUBARUの本社・工場があるわけ!
代表的な旧企業
中島飛行機(隼・疾風製造)
現在の主な系譜企業
SUBARU(富士重工業)
創業
1917年(飛行機研究所設立)
本拠地
群馬・東京
🏛️ 今も残る関連施設
SUBARU 群馬製作所(群馬県太田市)は旧中島飛行機の工場跡地に立つ現役の自動車工場。群馬県太田市がSUBARUの企業城下町となったのはこの歴史的経緯から。工場見学ツアーも実施されている。
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野村徳七の肖像
11
野村財閥
👤 創業者:野村のむら 徳七とくしち(初代1854〜1907)
証券銀行信託
📊 どんな財閥?
大阪の両替商から株式・証券業へ転換した金融に特化した財閥。野村証券(1925年設立)を中心に、野村銀行・野村信託を傘下に置いた。大阪発で全国展開し日本の近代証券市場を育てた。
📌 今はどうなっている?
財閥解体後も野村証券は独立したまま存続し、現在も国内最大手の証券会社として君臨。野村銀行 → 大和銀行 → りそな銀行の一部となった。
代表的な旧企業
野村証券、野村銀行、野村信託
現在の主な系譜企業
野村証券(現存)、りそな銀行
創業
1872年(野村商店設立)
本拠地
大阪
🏛️ 今も残る関連施設
野村証券本店(東京・日本橋室町)は財閥解体後も独立を維持し、現在も国内最大手の証券会社として現役。日本橋兜町エリアに本拠を置き、日本の証券市場の中心であり続けている。
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渋沢栄一の肖像
12
渋沢財閥
👤 創業者:渋沢しぶさわ 栄一えいいち(1840〜1931)
銀行紡績鉄道産業全般
💴 新1万円札の人!
渋沢栄一は2024年に新しい1万円札の顔に選ばれた。埼玉・深谷の農家出身で、幕臣・役人を経て実業家に転身した「日本資本主義の父」。
📈 生涯500社以上に関与!
第一国立銀行(現・みずほ銀行の一部)・東京証券取引所・日本商工会議所・東京海上保険など、生涯で約500の企業・団体の設立や育成に関わった。他の財閥と違い特定の持株会社を持たない「ゆるやかな企業集団」。
代表的な旧企業
第一国立銀行、大阪紡績、東京海上保険
現在の主な系譜企業
みずほ銀行(一部)、東京海上HD
創業
1873年(第一国立銀行設立)
本拠地
東京
🏛️ 今も残る関連施設
渋沢史料館(東京・北区飛鳥山)では栄一の生涯と事業を詳しく学べる。敷地内には栄一晩年の書斎「晩香廬」と迎賓施設「青淵文庫」(いずれも重要文化財)が現存しており、実際に見学できる。
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中野友禮の肖像
13 ── 新興財閥
日曹コンツェルン
👤 創業者:中野なかの 友禮ともゆき(1882〜1965)
化学ソーダ農薬医薬品
🧪 どんな財閥?
中野友禮が1920年に設立した日本曹達(にほんそーだ)が中核。「曹達(ソーダ)」とは工業用の苛性ソーダや炭酸ソーダのことで、製紙・ガラス・化学工業の基礎原料。農薬・医薬品・合成樹脂へと多角展開した。
⚡ 新興財閥らしい経営スタイル
鮎川財閥・理研コンツェルンと並ぶ新興財閥の一角。株式公開型の近代的経営で急成長し、60社以上を傘下に収めた。戦時中は軍需化学品の主要供給元だった。
📌 今はどうなっている?
解体後も日本曹達は独立した化学メーカーとして現在も東証プライム市場に上場・存続。農業化学品・工業薬品・医薬品が主力。
代表的な旧企業
日本曹達、日曹金属、日曹電工
現在の主な系譜企業
日本曹達(東証プライム・現存)
創業
1920年(日本曹達設立)
本拠地
東京・新潟(二本木工場)
🏛️ 今も残る関連施設
日本曹達(東証プライム上場)は財閥解体後も独立した化学メーカーとして現存。新潟県中野市の二本木工場は1920年の創業以来100年以上稼働し続ける現役の化学工場だ。
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大河内正敏の肖像
14 ── 新興財閥
理研財閥(理研コンツェルン)
👤 創業者:大河内おおこうち 正敏まさとし(1878〜1952)
科学化学光学ビタミン
🔬 どんな財閥?
1917年設立の理化学研究所(理研)を母体とした科学技術系財閥。第3代所長・大河内正敏が研究室の発明を次々と商品化し「理研コンツェルン」を形成。「科学で儲ける」という画期的な新興財閥。
💊 わかめスープの理研ビタミン!
感光紙(写真用紙)・ビタミンB₁の合成大量生産・合成樹脂・アルミ精錬など多数の発明を商業化。最盛期は60社以上を傘下に持った。現在の理研ビタミン(わかめスープで有名)・リコー(理研光学機械→)がその系譜。
代表的な旧企業
理研感光紙、理研製鋼、理研光学機械
現在の主な系譜企業
理研ビタミン、リコー(一部)
創業
1917年(理化学研究所設立)
本拠地
東京・埼玉
🏛️ 今も残る関連施設
理化学研究所 和光本所(埼玉県和光市)は1917年設立の研究機関が形を変えながら現在も最先端科学を牽引。ノーベル賞受賞者も輩出した日本最大の総合研究所として活躍中だ。
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野口遵の肖像
15 ── 新興財閥
日窒コンツェルン
👤 創業者:野口のぐち したがう(1873〜1944)
化学窒素電力朝鮮開発
⚗️ どんな財閥?
野口遵が設立した日本窒素肥料(日窒)が中核。水力発電で電力を作り、その電力で空気中の窒素を固定して合成肥料を製造。食料増産に貢献した「化学肥料王」。
🌏 朝鮮に「アジア最大」の工業地帯を建設
1930年代、朝鮮半島の興南(現・北朝鮮)に当時アジア最大の化学工業コンビナートを建設。ダム・発電所・化学工場を一体開発した「野口遵の朝鮮大開発」は世界的注目を集めた。しかし終戦ですべての資産を失った。
⚠️ 水俣病との関係(教科書必出!)
熊本・水俣の工場を引き継いだチッソ(旧・日本窒素)が1950〜60年代に工場廃水を海に流し、有機水銀による水俣病を引き起こした。四大公害病の一つで、日本の環境問題の原点として必ず教科書に登場する。
代表的な旧企業
日本窒素肥料、興南コンビナート
現在の主な系譜企業
チッソ(水俣病補償継続中)
創業
1906年(日本窒素肥料設立)
本拠地
熊本・東京(朝鮮半島に主要工場)
🏛️ 今も残る関連施設
水俣病資料館(熊本県水俣市・1993年開館)はチッソ(旧日本窒素)が引き起こした水俣病の歴史と患者の記録を伝える施設。公害の教訓を後世に伝える重要な場所として多くの学校が訪れる。
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