邪馬台国の謎から昭和の事件まで ── れきにゃんと一緒に、清張さんが見つめた日本をめぐるよ🐱
推理作家なのに、歴史の調べものも大好き。邪馬台国がどこにあったのか、自分なりの推理を展開したんだ。史料の「行間」を読む姿勢は、まるで名探偵みたいだね。
誰が・どうやって殺したかだけじゃなく、「なんでそうなっちゃったのか」っていう社会のゆがみまで描くのが清張さんの作品。戦後日本の格差や差別、権力のしくみを、推理小説の形でそっと突いているんだよ。
代表作の舞台は北海道から九州まで、日本中に広がっているんだ。レキサクでは、今も実際に行ける場所だけをれきにゃんが選んで紹介するよ。
清張さんのデビュー作は、1950年に「週刊朝日」の懸賞小説「百万人の小説」に入選した短編「西郷札(さいごうさつ)」。1877年の西南戦争で西郷軍がお金を用意するために発行したお札「西郷札」が、その後どうなっていったかを描いた歴史ミステリーなんだ。新聞社づとめの41歳の無名の会社員だった清張さんが、ここから一代の国民的作家への道を歩みはじめたんだよ。
晩年の清張さんがいちばん力を入れていたのが、とうとう完結しなかった長編「神々の乱心」。舞台は昭和8年(1933年)の満洲と日本。東京の近くにあったことになっている架空の新興宗教「月辰会研究所」から出てきた女官の自殺をきっかけに、特高課の吉屋謙介さんが調査をはじめる……という話で、満洲で暗躍した男が新興宗教を興して野望をかなえようとする姿が描かれているんだ。教祖・出口王仁三郎さんが満洲・蒙古にまで活動を広げた大正〜昭和初期の新興宗教「大本(おおもと)」がモデルとされることが多いよ。
原稿の枚数は1700枚にもなる未完の大作。清張さんは周りの人に「いつかあの話は小説にしておきたい」って言い続けていて、完結まであと少しというところで、1992年8月4日、肝臓がんのため82歳で亡くなったんだ。実は清張さんが死のその瞬間まで本当に連載していた「絶筆」は、時代小説「江戸綺談 甲州霊嶽党」(週刊新潮)という別の作品だったんだよ。意外だよね。